認知行動療法が普及した訳を考察

認知行動療法は保険点数も取れる心理療法として普及している。

何故、それほど普及出来たか。

私の仮想で考えてみた。

それは認知行動療法が誰でもできるようにというコンセプトで設計されているからだ。

所謂、マスターしか出来ないような部分を出来るだけなくして、

マニュアルで実施できるようにしている。

最後は患者自身でもできるように(最初は認知の歪みに自分で気付くことが出来ないため、第三者の目が必要)なっている。

筋トレみたいなもので、それに従って行えば力がつく。

もちろんマスタークラスの認知行動療法家はいらっしゃるので、その治療の深さは桁違いだと思うが、そうでなくても実施できるバージョンがあるということだ。

(ボディビルダーや重量挙げ選手のようにマスタークラスもあるが、一人でやっても結構筋肉はつく)

一方、マインドフルネスやアドラー心理学は、そういう設計が出来ないため、人から人で習うしかない。

しかも、感覚を必要とするので出来ない人もいる。

治療者となるには、もちろんその感覚を自分で身につけなければならないし、身につけた感覚を人に伝えなければならない。

これは難しい、文章では表せない。

また、仏教の瞑想ができる人が必ずしもマインドフルネス心理療法をできるとは限らない。

目的が違うからだ。

マインドフルネス心理療法は、無の境地を得る、悟りを開くことは目的にしていない。

アドラー心理学も共同体感覚を持って治療しなければならないので感覚を伴う。

私の意見だが、体操やフィギュアスケートに近いのではないだろうか?

(バク転やバク宙、スケートのジャンプなどは例え簡単なものでも先生に教えを受けないと出来ないだろう)

しかし、どちらも広く普及させるのは至難の技だ。

何とかしないと絶滅してしまうかもしれない。