ブログ200記事記念!『花の慶次 -雲のかなたに-』に見る自由に生きるとは

 

やっと、記事が200記事に達した。

(100記事は知らない間に通り過ぎてました(^_^;))

2-3日に1記事のペースだ。

私にしてはよくやっている方だと思う。

さて今回のテーマは自由に生きる

無料で読める漫画アプリがあって、昔の作品『花の慶次雲のかなたに』が公開されている。

懐かしく読んでいるが、当時とは違った見方で読める。

知らない方もおられると思うので、作品の説明を引用する。

花の慶次雲のかなたに』(はなのけいじ くものかなたに)は、原哲夫による日本漫画隆慶一郎作の歴史小説一夢庵風流記』を原作としている。

戦国の世を、当代きっての傾奇者として生きた漢・前田慶次の奔放な生きざまを描いた作品である。

前田慶次

天下一の傾奇者で、身の丈は六尺五寸(197cm)以上ある大柄の武将。滝川一益の従弟・益氏の次男で、前田利家の兄・利久の養子となったが、利家とは不仲である。自らの道理で生き、自由を貫き通す奔放な男。愛馬は松風

—Wikipediaよりー

 

前田慶次は実在する人物だが、ストーリーはフィクション(一部事実もあるかもしれない)である。

以下、フィクションを前提に話をする。

前田慶次は義理の叔父、前田利家と不仲で加賀を出奔し、浪人として自由に生きている。

しかし、天下の傾奇者(異風を好み、派手な身なりをして、常識を逸脱した行動に走る者たちのこと)として、世の注目を浴びる。

圧倒的戦闘能力と人を惹きつける魅力とで次々敵をやっつけては味方を増やすという漫画の主人公そのもののキャラクターであるが、その中で、豊臣秀吉に100万石で家臣にならないかと誘われる。100万石というのはいくら何でもふき過ぎだろうが、慶次は「人は日に米は3合畳は1畳あれば十分、そんなことより一献くれまいか」といって一蹴する。

100万石〝そんなこと〝で片付ける、かっこいいシーンであるが、ここに慶次の生き方が示されていると思う。

確かに100万石をもらって大大名として暮らした方が、地位も名誉も上がるし金も増える。

殿様として権力を手にしてやりたい放題できるだろう。

日本を動かすことも夢ではない。

しかし、本当に慶次がしたいことはそうではなかったのだ。

100万石の大名になれば、言いたいことも言えず、行きたいところにも行けず、ある意味自由がなくなる。

そんなものより慶次は自分がしたいこと、すべきと信じていることをするために100万石の大名より、のような浪人を選んだ。

地位や名誉や金なんかより、自由に生きる方が大事だったのだ。

今の世の中にこれだけのことを言える人がいるだろうか?

大臣、会社の重役、教授、教祖そのほか、地位や名誉や金が手に入る役職になるほど自由から遠くなる。

何者にも縛られず、自分がすべきと思うことを自由にするためには、いつの時代にも、地位や名誉や金を捨てなければならない。

100万石より自由、そういう生き方をしてみたいものだ。